私たちの会社、こんな会社です

長谷川 靖人
長谷川 靖人IT推進部長 兼 国内メディア販売部長
1981年4月入社
営業担当を9年間、その後海外旅行の企画・仕入担当を13年間。営業企画部、大阪メディアセンターを経て現職へ。

※所属・役職は取材時のものです。

― この会社を選んだのはなぜですか?
単純に海外も含めあちこち行けると思ったし、地元の会社だったから。色々挑戦しましたが、この会社が私を選んでくれました。実際にいろんな所へ行くこともできたし、海外の仕事もたくさん携わることができました。
― もっとも仕事が充実していたのはいつですか?なぜですか?
色々な業務に携わっていますが、その時々で偶然にも伸びる業務に従事したので常に充実していた感があります。営業時代はバブル景気、中部支社海外課(現在の海外旅行部)時代は名古屋空港から国際便の発着が大幅に増えお客様が急増し、海外旅行が特別なものではなくなったのです。大阪メディアセンター時代は旅行の店頭販売からWEBや新聞などのメディア販売にシフトが始まり、その後のIT推進部では会社の基幹システムの導入やインターネットやスマホの登場によりオンライン予約の時代へと移り変わりを実感し続けてきました。
― 仕事での失敗談をひとつ教えていただけますか?
自分の担当するグループのお客様で出発直前になりパスポートの残存期間が不足していることが発覚、緊急申請の為2日間外務省に通いました。また、募集型の添乗員付き北海道ツアーに添乗して、千歳空港で人数だけ確認し札幌のホテルにてチェックインしたら、全く別のツアーのお客様である事が判明。と言うことは、自分の担当するお客様を空港に置き忘れ。。。
― 会社を辞めようと思ったことはありますか?どんなときですか?
辞めようと思ったことは何度もありました。特にバブル時代は転職をする人も多かったし、心が大きく揺れました。しかし、自分で選んだ道ですし、最後まで信念を持ってやり遂げようという想いで現在に至っています。
― 人生における転機(仕事およびプライベート)はどんなときですか?
プライベートでは結婚や子供が誕生した時が転機ですが、仕事においては関西に転勤した時です。名鉄のお膝元の名古屋とあまりにも環境が異なりましたから。何せまず“名鉄”という名前が通じないこと、お客様は親しみをもって「名鉄さん」などとおっしゃってくれることなどありませんでした。もちろん働く側も信頼を勝ち取るのに必死でした。これほどまでに違うとは驚くくらいです。良い経験になりました。
― 若い方へ、自分の培ったものでもっとも継承したいものは何ですか?
好き嫌いなくいろいろな業務を覚えることだと思います。そうすることでさまざまなチャンスが巡ってくると思いますし、仕事だけでなく人間としての幅や奥行きが広がってくるような気がします。
― これから旅行業界(名鉄観光サービス)を目指す学生のみなさんへひとことお願いします。
旅行の選び方や仕方は大きく変わるかも知れませんが、自分が企画から旅行の実施まで携われるのは我が社ならではで、皆さんに感動や満足を与える事が出来ると共に、自分自身も国内・海外への旅を通して見聞が広がる事は他の業界では味わえない本当に良い体験になると思います。